新型コロナウイルス感染症(COVID-19)克服に向けた
T細胞免疫記憶と疲弊現象の分子基盤の解明

研究代表者
倉知 慎
所属・役職
医薬保健研究域 医学系 教授
研究分野
分子遺伝学
プロジェクトメンバー
倉知 慎 (医薬保健研究域 医学系 教授)
榎並 正芳 (医薬保健研究域 医学系 准教授)
玉井 利克 (医薬保健研究域 医学系 助教)

研究の概要

 CD8 陽性T細胞は精密な抗原認識力や強力な細胞傷害性をもち、ウイルスや癌など生体内異物に対して最終的な防御機能を果たしています。新型コロナウイルスなどパンデミック感染症を制御するワクチンを開発するためにはCD8 陽性T細胞の効率的な誘導が必須です。新型コロナウイルスを含むウイルス感染症の重症例ではT細胞の機能異常が問題となり、ウイルス感染細胞を排除できません。最終的にはいかに強靱なウイルス特異的T細胞を誘導し、T細胞の疲弊(Exhaustion)を予防できるかが鍵となります。そのためにはT細胞分化の分子機序を疲弊現象も含めて解明する必要があります。最近、細胞分化に伴うクロマチン構造と遺伝子発現のパターン変化を統御するマスター分子としてパイオニア転写因子が注目されています。本研究ではパイオニア転写因子とクロマチン構造を切り口としてT細胞活性化の分子機序を明らかにし、ワクチンへの応用やT細胞疲弊からの回復を目指します。本研究を通じてT細胞免疫記憶の分子基盤を理解し、ワクチンの開発へ展開します。

想定される研究成果

 現在細胞分化に関する研究は転写調節因子、エピジェネティックス、遺伝子発現の各カテゴリーに細分化されています。しかし、多数の遺伝子の発現を秩序よく調節するためには、転写因子やエピジェネティック変化はランダムではなく、連携的かつ統合的に作用する必要があります。本研究の独自性は、細胞分化を実行している転写調節因子、エピジェネティックス、遺伝子発現の各カテゴリーを「パイオニア転写因子を起点とするクロマチン・ランドスケープの変遷」という新しい視点から一つの遺伝子発現調節システムとして俯瞰的に捉え直す点にあります。
 類似の研究は未だにトランスクリプトーム解析や個別分子KO/Tg/強制発現の発現型解析(主要標的遺伝子の発現on/off; 二次元)に限局しているのに対して、本研究は転写因子間の階層性(三次元)やさらにはクロマチン構造の経時的な変化(四次元)にまで視点を拡げて俯瞰的に解明します。T細胞分化を司るエピジェネティックスを俯瞰的に解明する本研究は、免疫学に残された重大なテーマである「免疫記憶」の分子機序を明らかにする大変意義深いものであります。さらに本研究はT細胞分化制御の鍵となる分子やゲノム領域を同定することを通じて、パンデミック感染症や癌に対して疲弊に陥らない強靱なT細胞を効率的に誘導・維持するなど、T細胞関連難治性疾患に対する新規の診断・予防・治療法の開発に貢献できます。